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特別養護老人ホームまでの長い道のり(2)退院後の行先の目途が立たない [障害者として生きる]

 

緊急入院、介護認定「区分変更」申請するも要介護2止まり

 

義父は、昨年9月に庭でへたりこんで動けなくなったところを、近所の人に発見されて救急車で搬送され入院した。これで確か3度目になる。

 

もう一人暮らしは無理になってきていたのだ。それはこちらも分かっていたし、近所の人も日常動作の不自由さに気づいてくれていたのだ。

 

本来なら特別養護老人ホームに申し込むのだが、要介護1では、申し込みすら受け付けてくれない。

 

買い物のためセニアカーに乗っていたのがいけなかったのだろう。

ここらあたりが、介護の認定者と我々障害者やその介護する家族のの認識が完全に違う所だと思う。

 

五体不満足でも改造すれば、車には乗れる。50mの歩行は困難でもセニアカーには乗れる。しかし、これが生活の自立だと捉えられるのだ。

 

救急で運ばれ入院した病院で介護認定の再審査、つまり「区分変更」の申請をしてもらったが、結果は要介護2止まりであった 。

 

義父の「帰りたい」病に悩まされる

 

困ったことが起き始めた。義父に、この入院時から「帰りたい」病が出始めたのだ。

 

元々大工をしており職人気質で頑固一徹な人間だ。その義父が、自宅に「帰る、帰る」をうわごとの様に繰り返し看護師さんを、ひどく手こずらせ始めたのだ。

 

看護師さんから連絡が来て、あわてて女房が駆けつけ、その場は何とか治まるのだが、2~3日経てば、また始まるのだ。

 

そこで約1ヶ月入院して、その後リハビリ病院へ転院させられた。この時も義父は自宅に帰るつもりでおり、別の病院に転院さられたことに、ひどく怒った。

 

「もう娘は信用できん。ケアマネのS君を呼んでくれ」

 

そのSケアマネが頼りにならなくて苦労してることが、本人だけがわかっていない。一応 Sケアマネに 、このことも報告したのであるが、もはや何の関心もないといった感じで、フンフンと聞き流されるだけであった。 

 

退院後に行く施設なし

 

そこに2ヶ月間リハビリ入院した。その間、地域包括支援センターなどで、有料老人ホーム等を紹介いただいた。

 

直接、女房が訪ねていくと「2か月間だけ受け入れます」とのことで、途方にくれた。その先に行くところの目途が立たないのだ。

 

この入院でも義父の「帰りたい」病は止まず、最初は病院からの連絡で駆けつけていたが、その後コロナで面会も出来なくなってきて、看護師さんにずいぶん迷惑かけたと思う。

 

私たちは、私のケアマネージャーのアドバイスも受けて、もうSケアマネージャーに頼ることを諦めた。自分たちで行き先を探す決意をした。

 

 

それじゃ~続きはまた


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