宮城県から北上する三陸沿岸道路は復興支援道路であり、海はほとんど見えない。




長年の夢であった三陸リアス式海岸は見ることができないのだ。





30代の時、石川県の霊峰白山(はくさん)のホテルで偶然、車で日本一周をしている初老の方と知り合った。




これまで、どこが一番良かったかと何気に尋ねた時、即座に三陸のリアス式海岸と答えられた。




その時、俺も60才で仕事を引退し、キャンピングカーを購入し三陸リアス式海岸を見に行こうと決めた。




54歳で脳卒中で倒れ重度の障害が残り、翌年東日本大震災が起きた。


夢は完全についえたと思った。




それでも、日本の各地を車旅しようと、リハビリを続けた。




しかし、重度の障害は、力めば力む程、むしろ身体は強張り、痙性が進んで一層歩き難くなった。




10年が過ぎ、もうこれ以上身体が大きく回復しないなら、今の身体のまま、工夫することでなんとか旅できないだろうかと、考えを転換した。




安全装置とオートクルージング付の車を購入し、運転席回りを改造し、車中泊出来るように、ベッドを備え付けた。


 


雨の日や荷物を持っての歩行困難には、シルバーカー(老人車)に手を加え歩行キャリーとした。





岩手県田野畑村の民俗資料館を訪れた時、受付の女性が、ここから直ぐの北山崎に行けば、三陸リアス式海岸見れると教えてくれた。




念願だった、景色を目にすることが出来た。


 


 


 





 ◆この一年間で4回旅し、全走行距離は6,908kmだった。


日本列島の最北端の北海道宗谷岬から、最南端の鹿児島指宿までは3,000kmと言われているから、行って帰ってきたことになる。


ありがたいことである。こんな身体でもやればできるのだ、考えを転換して本当に良かった。







 それじゃ~また