|
|
※利他行・・・他人に対する配慮や善きおこない
|
以前 天命のことをお話ししました 。
◆天命とは、天から与えられた使命
その天命に高卒後50年もたって、ようやくのこと気付いた訳です。
それは「人に喜んでもらう」ということでした。
私自身は善人ではありませし、どちらかというと、きつい人間です。ただ、人を蹴落としてまで何かを達成しようとするタイプでもありません。
◆若くから漫才や落語を志す人は、一般大衆の共感を得て喜んでもらえる様になるためには、それ相応の苦労を重ねなければならないはずです。
私も10代の頃、貧困・借金苦、いじめ・差別、親との確執、恋人の裏切りと、それなりに苦労した。
20代以降も辛酸をなめたが、人に恵まれ始めた。人生の師に雇ってもらい。20代の終わりには女房に出会った(そういえば女房は漫才師目指していた)
◆今、遅ればせながら天命に気付いたことで、これまでの様々な 決断 や出来事 といった「点」が、「線」となって 初めて繋がった。
◆普段の出来事は、点としか認識してないけれど、それは若い頃よりつながってきた線上の点かもしれない。
◆中原中也の詩に
きらびやかでもないけれど、 この一本の手綱(たづな)をはなさず
この陰暗の地域をすぎる
(寒い夜の自画像)
というのがあったけど、案外自分にもこの手綱らしきものが有ったんだなあ~と今更ながら驚いた。
◆残り人生は、楽しみながら、さりげなく(これが難しい)人が喜んでくれること(利他行)を続けたい。そのために自主リハビリを継続したい。
◆再び中也
陽気で坦々として、
しかも己を売らないことをと、
わが魂の願うことであった!
(寒い夜の自画像)
若い頃よりいつも側に置いていた言葉。この精神を最後まで継続したい。
|
それじゃ~また
|
|
|
|
|
|
|
【同病の三本松のおじさんの一言】
メガネザルさんのこれからの人生の対する素直な気持ちが伝わりました。お返しに私も残された人生を「過去に縛られるな、未来を願うな、ただいまある日常を大切に丁寧に迷いつつ生きるです。」共にぼちぼち頑張っていきましょうや。
【返信】
ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。
コメント 0