「大工が大工でいられなくなったら、終わりなんだよ」(「冬の華」乙川優三郎著) [お勧め本]
乙川優三郎著「冬の華」は、医者の文礼と、棟上げ中に落下し下半身の自由を失って久しい大工の芳蔵、それに肺病で余命いくばくもない16歳の娘の二人の患者との話です。2回に分けてご紹介いたします。
芳蔵は、仕事はもちろん、日常生活も困難になって、絶望と不安の日々を送り続けている。
妻と、子供は3人。上二人は奉公に出て、妻も仕事に出て帰りが遅い、7歳になる末の子が日中は一人で芳蔵の世話をしている。
医者の文礼が往診で訪ねていきます。
「人間の体には本人も分からない力が潜んでいることがある。考えられることをやってみて駄目ならあきらめもつく、だがお前は何もやっていないし、治すために苦しんでもいない」
芳蔵は黙っていた。沈黙は嫌なことから自分を守る方便で、居心地の良い安全で狭小な世界を脅かす相手を認めない。
「大工が大工でいられなくなったら、終わりなんだよ」
このあきらめはもう克服してもよい時期であったから、歯がゆく思う人が増えて、同情する人もいないのが彼の現実である。子供も親の姿を見抜いている。
目の前に広い世界と新生の可能性がありながら、自分のことしか眼中にない人間の常で、芳蔵は落ちぶれても気位が高く、傷つきやすい。誤解が多く、思いがけないことでかっとする。そのくせ自分より正しいものはないので、人の言うことを心から聞こうとしない。
つづく
短編「冬の華」は「闇の華たちに」に収録されています。
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タグ:精神・魂
2017-01-16 01:00
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