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東京五輪100mファイナリスト目指せ!1964年東京オリンピック80mハードル決勝では・・ [その他(ブログ等)]

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【画像はNuberwebよりお借りしました】

ついにやりました。桐生選手の9.98秒、日本人初の9秒台です。土江コーチも涙ぐんでいました。


私は桐生選手と土江コーチが、対等に近い関係であったことが嬉しかったです。桐生選手はコーチに過度に依存する男ではなかったのです。ハンマー投げの室伏さんのコーチも受けたことにもそれは現れています。10秒を切ってもはしゃいだのはレース直後だけでした。


一方、けがで苦しんで世界選手権代表を逃した山縣選手もやってくれました。10.00秒です。これまでにはないレース後半の伸びに、私は目を見張りました。


これに伸び盛りのサニブラウン、関西のホープ多田選手。短距離王国ジャマイカの血を引く男前ケンブリッジ飛鳥。役者が揃い陸上ファンの私にはたまらない布陣です。この5人の全盛期の間に9.9秒台の前半の記録を!もうそれも夢ではありません。さらに有望な選手も現れるかもしれません。記録以上に期待するのが2020年の東京オリンピックで、このうちの誰かが100mのファイナリストになることです。


さらに、100m×4リレーでは、ついに金メダルを狙えるところまで来ました。本当に楽しみです。





1964年の東京オリンピックで陸上競技のファンになった私。この時、依田郁子選手が、80mハードル決勝で見事5位入賞を果たしました。太ももに白い大きなサポータ。レース前にサルのように飛び跳ねる不思議な選手。それがレースになると強烈なスタートダッシュ。最後まで互角以上に戦える選手。そんな選手は、その後日本女子陸上短距離界に誰も現れていません。


2020年100m決勝のスタートラインに、日本人選手の誰かが立つ。できればファンの桐生選手か山縣選手、はたまたサニブラウンの顔も好きだし、多田は関西の星やし、ケンブリッジはイケメンや。私はもうそんな姿を想像して幸せな気分に浸っています。


それが、依田さんへのレクイエム(鎮魂曲)になると思うのです


依田郁子さんは東京オリンピックから19年後の1983年、自宅にて自ら命を絶たれました45歳でした。道を究めるトップアスリートの悲哀も私は感じてきました。


もし、そんな夢が実現すれば、もう二度と陸上競技をみれなくても私はかまいません。



それじゃ~また

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