ポニョの町で恩人探し (広島県福山市鞆の浦) [片麻痺でも旅がしたい]
脳卒中倒れた時にお世話になった恩人を10年探している。 その人は、脳卒中で緊急搬送された病院の看護実習生であった。 彼女は3週間、急性期病棟で毎日接してくれた。リハビリ室への送り迎え、食事の介護や排泄。 倒れたショックで、ほとんど口を聞けない私の車イスを押して、側に寄り添ってくれていた。 しかし脳を損傷していた私は、回復期病院への転院後、彼女の名前をすっかり忘れてしまったのだ。 彼女を探すこともこのブログを始めた一つのきっかけでもあった。100万人に見てもらえれば、さがすきっかけぐらいは掴めると思っていたが、同じ病院でリハビリ受けた人が一人、働いていた人が一人あったのみで結局、彼女へはたどり着けなかった。 覚えていたのは、広島県福山市出身であること、おじいさんが魚師だったことだけだった。 福山市で漁師の町といえば、鞆の浦(とものうら) だ。ご存じ宮崎駿「崖の上のポニョ」が生まれたところだ。 【参考】 お世話になった人探しています
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思い出すための何かきっかけがつかめるかもしれない。旅の途中で寄ってみた。 その町に入って立看板を何気に見ていて、彼女は「松永」さんではと、ついに思いだした。「阪神タイガースの松永選手と、同じ苗字だ」と入院当時、思ったのだ。 早速旅から戻って病院や看護学校にメールした。
事情を説明したが、全く該当する名なしということであった。 一期一会、残念だが、ここで諦めるざるを得ない。彼女を探し出す希望は、結局叶わなかった。 しかし私には、彼女が幸せになっている姿が目に浮かぶ。彼女の人柄からすれば、そうであるに違いない。
彼女へのお礼の言葉を念じた。
私は宗介のように、ポニョへの感謝の気持ちを一生持ち続けるだろう。 |
それじゃ~また |
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