◆7年後のことです。
このシリーズを書き始めるにあたり、トラ男さんの近況を知りたくて久しぶりに電話しました。
◆トラ男さん、奥さんは苦戦中でした。前の年秋にトラ男さんは腸閉塞で手術されたそうで、今も体調はすぐれないとのことで、一人で介護する奥さんは相変わらずきつそうでした。
奥さんの話を長々お聞きした後、トラ男さんが電話に出てくれました。私がいろいろしゃべりかけると、以前と同じようにトラ男さんは「あー」「うー」と嬉しそうに答えてくれました。
◆「じゃ、また」と言って私が電話を切ろうとした時です。
「あ・り・が・と・う」とトラ男さんが言ったのです。突然のことに驚いて言葉がでない私に向かって、また「あ・り・が・と・う」とゆっくり繰り返したのです。7年間で初めて聞いたトラ男さんの言葉でした。
◆トラ男さんの回復程度が早いのか遅いのか私にはわかりません。ただ「ありがとう」はこちらです。
「トラ男さんありがとう」この病気の後遺症はつらいけど、この病気になったからこそトラ男さんとも知り合えた。だからこんな感動的な言葉を聞くこともできた。
◆確かに失業や病気はつらい体験です。しかし、そこにこそ人生を心豊かにする何かも含まれている。そんな気がします。
不幸の裏にこそ、人生を心豊かにする要素がある不思議です。
◆「障害者は幸福だと感じる人の割合が高い 」というアンケート結果を、どこかで読みました。
我々は病気をした分「幸せを感じる力(これを、私はこれから「幸感力」と呼びます)」が強力になっているのでしょう。
片麻痺障害者の「幸感力」については、このブログの一つのテーマとしてこれからも考えていきたいと思います。
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